震災時の記録【5】 [つぶやき]

3月14日

月曜日。ダンナに弁当(といってもごはんのみ)を持たせて見送る。
9時近くに抱っこひもで近くの七十七銀行へ行く。
混んでるかな? と思いきや、すいてる。
みんなATMでおろしていたから。ちょっと拍子抜け。

食材は震災前のが少しあるので、子どもの分(やはりおむつが気になって)のため
上杉のツルハドラックに行ってみる。
列はなし。開店する告知も無し。
となりの「やまや」にすごい行列。
10時から開店らしい。
うーん、迷うけどその場を後にする。

今度は勝山公園のSEIYUに行く。
開店未定の張り紙があるも、スゴイ行列!
一瞬並ぼうか? 迷うも、ちょっと天気が良すぎて貧血気味になったため帰宅。

結局、この日は銀行でお金をおろしただけ。
なんだかどっと疲れてしまった。
テレビでは原発の話題で持ちきりに。
あれ? 地震のことはどうなった?

パソコンで情報収集。
mixiやtwitter、twitterは河北新報さんや夕刊河北、ふらっと、をフォローしてたらすごく役に立った。
mixiも震災関連コミュニティに区ごとの情報があって助かった。
メールや電話もつながるようになったけど、送る余裕がなかった。
きたものを返すだけで精いっぱい。
それから電気がきていない地区の友人に送れば、受信だけでも大変かな?と思って控えていた。

午後、仙台市内に住む昔っからの同級生がウチに来た。
彼女の街中に近いマンションもライフラインは復旧したそう。
ただ、友人のダンナさまが石巻で被災し、連絡が取れないでいた。
その友人は幼児と乳児を抱えて、ひどく落ち込んでいたとのこと。
おむつが足りないというので、ウチにあるおむつと離乳食のパックを持たせ、
さらに彼女と空いている店を探しに出かけた。

閉店前の柏木のダルマ薬局に駆け込む。
赤ちゃん用品ほか、ほとんどが品切れだった。
老人用おむつがまだあったので、それを買って少しでも代用してもらうことに。
(数日後、その友人のダンナさまは無事でほっとする)

その夜、多賀城の義兄から電話が入る。
そうとう疲れている様子。
4歳と1歳の娘たちと義姉の実家に身を寄せていた。
そこは電気はついたものの、水がまだとのこと。
近々お風呂に入らせてほしいが、ガソリンがなくて困ってるとのこと。
でも1歳の子は痒がって顔が赤くなっているとか…

あー! なんでこんな身近なところ気が付かなかったんだろう。
早く「ウチにきて」といえばよかった。
自分の想像力の足りなさにクヨクヨして眠れず。


3月15日

今日はちゃんと朝から行動しよう! と、9時過ぎに近くのまたツルハへ。
すでに近くのかたいたので、ちょっとお話。
震災当日、近所の八百屋は無料で野菜を配布した、とか
昨日のSEIYUは一人10点まで購入できて、お米も買えた、とか、
さすが情報いっぱい。

そこにツルハの店長さんが登場。
今日は開店しないとのこと。
諦めてまたSEIYUを目指すも、今日は開店しない様子??
ここで少し雨が降ってくる。
バスで街中にでようかな? と思っていると旦那から電話。
「テレビで雨に当たらないでって言ってるから、家に戻って」

しぶしぶと戻る。
ほんとだ。
テレビで原発事故で雨に当たるな、外出はできるだけするなという。
どうして。
どうして。
だってこれから必要なもの買いにいくよ。
なんで閉じ込めさせる?
わかっているけど
わかっているけど不条理さに泣けたよ。

初めて声を出して泣いたよ。
子どもみたいにわーんわーん、と。
子どもはニコニコ笑っていたよ。
母親に電話してみた。
「悔しくていま泣いてたんだ」
そういったら、
「子どもが不安になるから泣ぐな」

わかるよ、わかるけど悔しいじゃん。
でも思いっきり泣いたらすっきりしたよ。
いままでたまってたんだな。



子どもが起きたので
しつこいけどつづく







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